人の世の常というかまあなんだ。互いを貪りあうものなのだ、人間とは。
 出会いが恋となり、愛となり、互いの肉を、上を求め合い貪りあうこともあれば、憎し
みとなり殺意となり互いの躯を、敗北を求め貪ることもある。そしてまた恋になり、愛に
なりつつも、互いを抉り合うことを求めることもある。
  それが人間なのである。
  どういった経緯であるかは知らないし知る必要も無いが、昨晩若い夫婦が何者かに襲わ
れたらしい。夫婦は取り立てて目立つところのないごく普通の関係だったという。アツア
ツだということを抜かせば。
  それは物取りの仕業とも、アツアツぶりに妬いた一人身の刺客とも噂されるが、そんな
ことはどうでもいい。私にはおよそ縁の無い、いわば通り道に転がる虫の死体のようなも
のである。またいで通ればいい。ただそれだけだ。
  だが、そうは問屋・・カタリナが許さない。

「殺人事件よ!」
  いつにもまして真剣な表情のカタリナに、私は半眼で呟く。
「それで・・?」
  言わなくても分かる。こういう時決まって彼女は首を突っ込みたがるのだ。
  大仰に頷くと、
「実はね、路銀が足らなくなってきたのよ。」
  と告げた。だがこれは予想もしていない言葉だった。いや、何を言ってるのか分からな
いといったほうが正しいかもしれない。
「あー・・、それとこの事件に何の関係が・・?」
「分からない・・?そうね、確かに人が死んだというのに不謹慎かもしれないわ。」
  だけどね、と続ける。
「この機を逃したらアウトなのよ。」
  何がアウトなんだ、と突っ込むのは後にして今辿り着いた出来損ないの答えを口に出す。
「犯人を捕まえて報酬を貰う・・?」
  力強く頷いたカタリナに私は目がくらむ思いがした・・。

  それはしょうがないとも、彼女が成長したためとも言える。一つの学習のようなものだ
。命がけで果たした仕事には当然の報奨があるべきなのだ。
  そう、彼女はキドラントで学んだのだろう。おざなりな契約は厄介ごとを招き入れるだ
けだと。
  嬉々として契約書(いずれ血判書となる)を綴っている彼女の姿を見て私は嘆息した。



「殺人鬼は夜現れるそうだ。」
  その男の言葉は唐突であった。だが確実にこちらが欲しがっていた情報の一つではあっ
た。
「現れるそうだ。」
 襲撃は一回のみでは無いということだ。つまり、この男はこれから襲撃が起こることを
知っているということになる。昨晩の襲撃以前には殺人などは無かったということから推
測するに、犯人はこの男と見た。一回のみの襲撃であるならば
「殺人鬼は夜現れたそうだ。」
 になるはずだからである。取り敢えず精神を支配して海に飛び込ませておいた。めでた
しめでたし。
「殺人鬼は夜現れるそうね。」
 その声で私は我に帰った。
「カ・・カタリナ・・。どこでそれを・・?」
 自分の間違いを危ぶみつつ尋ねる私に首を傾げつつも、
「え?、さっきそこのお婆ちゃんが・・。」

 信じたくないものだな。己自身のわかさゆえの過ちというものを。
 つまり、あの男は件の老婆と同じく人伝の噂をただ伝えていただけなのである。誰が言
ったかわからない、
「殺人鬼は夜現れる」
 ということをただ横から横に流していただけなのだ。そう匂わせる要素は十分にあった
ともいえる。私ほどの男であれば気づかない筈が無い。いや、気づくべきだ、むしろ気づ
いてもいい百歩譲って気づく可能性があったかもしれないのだ。
 だが、もう遅い。あの男はもう既に息絶えていよう。パンパンに水を吸い込んだ醜い姿
で発見されるかもしれない。すぐさま浮かび上がってくるかもしれない。あるいは海の幸
共に美味しくいただかれてるかもしれない。それはいい。
 だがしかし、残されたものがあまりにも可哀相過ぎるのでネクロマンシーの秘術で生き
人形にして家には帰してあげよう。運悪く日の光を浴びたり塩をかけられたりでもしなけ
れば多分腐り落ちるのもそんなに早くは無いだろう。家庭の平和は暫く保たれるワケだ。
 私も鬼じゃない。

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