魔王殿・・・。そこは地獄といわれるアビスにそびえていた。
「他のところはアビスで統一されているのに、何故ここは・・。」
 カタリナは愚にもつかないことを一瞬だが考えた。
「それは、魔王殿がただの魔物の巣ではないからです。」
と、説明好きのトムが答える。
「思い出してもみてごらんなさい。オープニングの音楽・・。」
あれにも魔王殿のテーマに酷似した曲が流れていたでしょう、と。
 流れていたかどうかは当時、がむしゃらだった彼女にはおもいだせなかったが、
ひとつだけ彼女にも・・、いや、戦うために生まれてきた彼女だから
こそ分かることがあった。
「ここは、空気が違う・・・。なんていうのか・・。」
臭い。
それも、汗臭い。
まさに、男の臭いそのものであった。
「そうですね・・。どこか重苦しい・・。」
と、トム。続いて
「息が詰まるような・・。」
と、エレン。タチアナも不安そうだ。
「おそらく、地相が私達に合わないからでしょう。」
と、術士らしい見解を述べるウンディーネ。
違うの・・。私が言いたいのは・・。
「汗臭・・・。」
それよ。よく言った少年!!心のなかで賛辞を送りつつ、彼女は、
少年を、名前で呼べない自分に歯がみした。
「なんか私、今老人っぽくなかったかしら・・。」
それくらい、少年を「少年」と呼ぶには抵抗があった。
この前の戦いでは、つい、
「あぶない!!少年!!」
などと叫んでしまい少しばかり自分が、年を食ったように感じたものだった。
その少年が、今まさに彼女の意を得た。
汗臭いのだ。
「ここが魔王殿だとするなら、おそらくは・・。」
またも説明しようとするトムにウンディーネが口をはさむ。
「アラケス・・・その昔ソロモン王が使役したといわれる・・・。」
ウンディーネもまた、説明好きなためトムとは馬があう。
しかし、エレンは蘊蓄嫌いなため、しばしば彼らと衝突する。
「もう!蘊蓄はたくさん!この前はビューネイだったわよね?」
聞かれたのかと勘違いをしたのか、再び口を開くウンディーネ。
「ええ、ビューネイの原点は、やはりソロモン王が使役した龍、ブネ
でしょうね。」
流石はウンディーネと、しきりに感心の意を示すトム。
どうやら、ウンディーネも満更でもないらしい。
彼女のタイプは、トムのようにハンサムで、知的好奇心に満ちた青年だからだ。
なんでも、若い子に色々教えてあげるのが生き甲斐なのだそうだ。
そしてトムもまた、ウンディーネのように美しく聡明で、芯の強い女性
に微笑まれて悪い気はしないであろうし、二人が近づくのも自然な成り行き
とも言えよう。
だが、エレンは気に入らない。
別に妬いてるわけじゃない。
ただ、二人の間に流れる甘ったるい空気が、現世に置いてった想い人への
慕情をかき立てるのが気に入らないのだ。
なんで、こんなときに、あんな奴を思い出すのよ・・・.
褐色のトルネード=ハリード。
いつもそばにいた彼が今はいない・・・。
「あなた、死にいそいでるわね?そんな人は連れてけないわ。」
残酷なリーダーの言葉が、思い人の仲を引き裂こうとは。
「あいつの代わりが、この坊やにできるはずがないわ。」
そうエレンがひとりごちると、当の本人はそっぽを向いた。
どうやら地獄耳らしい。しかし嫌みの一つも返せないところが彼らしい。
都合が悪くなるとすぐそっぽ向くのだ。きっと内向性が高いせいだろう。
そう、少年だ。魔王も聖王も超えた神王。と、巷で評判のアレだ。
しかし、今回の死蝕で生き残った"宿命の子"は一人きりではなかったのだ。
宿命の子は二人いた。今カタリナ達が救出に向かっているサラと、この暗い
少年である。だが、ふとここでトムは思い出した。
この二人が、四魔貴族の一人に捕らわれていたことに。しかもその魔貴族達は
皆本物の魔貴族の50%ほどの力ももたない偽物だったのだ。
その昔魔王は魔貴族を従えた。その昔聖王は魔貴族を追い払った。
そのいずれの王を超えた存在となるはずの神王たるサラと少年が、何故あんな
雑魚に・・・。考えても結果はでない。むしろ偽物とはいえ、魔貴族をたった
一人でねじ伏せたカタリナこそ宿命の子ではないか、と思ったりもする。
だがしかし、やはり少年は宿命の子なのだ。そうでなければアビスの門をひら
けるはずがない。少年が弱いのは修羅場をくぐっていないからだ。と自分に
言い聞かせる。"そういえば、以前生命力が尽きてパーティーから外れた彼が
何故か黄京で追われていたなあ・・・"
どうやら不死身なところが宿命の子の証らしい。そのせいでハリードが置き去り
にされたともいえる。憎むべきは、少年の不死身性かシステムバグか。などと
トムが思案に暮れていると、ふと視界の端に一人の男をとらえた。
金髪碧眼の、ブラッ*ピット顔負けの美丈夫だ。露出した筋肉が美しい旋律を
奏でる。
ミシミシ・・・ビキビキ・・・
はち切れんばかりに筋肉が波打っている。最早待ちくたびれた、とでも言いたげ
に寝そべっていた男にとってカタリナ達はまさにスペシャルゲストだったのだ。
「血と、汗と、涙を流せー!!」
吼える男の土手っ腹に即座に槍を打ち込むトム。
「お前が流すといい。」
言うが早いか、トムは刺さったままの槍を、円を描くように掻き回した。
「ぬるいわ!」
血と脂汗と涙を流しつつ、男は、異常に巨大な小手でトムをしこたま殴りつけた。
「私こそ、最強打!!」
はじけ飛ぶトム。もう、自力で立ち上がることは不可能と思えた。
次はだれにしようかな。と練り歩く男。
「気をつけて!あいつは多分アラケスの本体よ!」
ウンディーネが警告をだすと、ほぼ同時に少年が空を飛ぶ。
Vの字切り(舞千鳥)が閃いたのだ。瞬く間に倒れる男共。
「やるわね・・・。」
強敵の登場につい、にやけるエレン。彼女は根っからのバトルマニアなのである。
「くらいな!!(超電磁)ヨーヨー!(超電磁)薪割りトルネード!!
そして、(超電磁)デッドリィースピン!!!」
ゴベキャラ!!
アラケスの四肢は弾け飛んだかと思うと、すぐさま根本から新しい四肢がはえてきた。
「げえええっ!!」
あっという間の復元に度肝を抜かれたエレンをアラケスの太い腕が捕らえる。
「ふふふ・・・生きがいいな。そうでなくては面白くない。」
ぐっとアラケスが力を入れると、たちまちエレンは抱きすくめられてしまった。
「エレン!!」
カタリナが叫ぶよりも早くアラケスの魔槍は、深々とエレンを抉っていた。
「す・・・すごい・・。」
感嘆の溜息を洩らすウンディーネ。タチアナは何が起こっているのか、まだよく
分かってないらしい。しきりに目を瞬かせる。
「い・・ったいい・・。くぅう・・。」
エレンはそんな気分じゃないらしい。今あるのは猛烈な痛み・・・。
「やめなさい!!この、女の敵!」
耳まで真っ赤になったカタリナが、三日月のごとき大剣を振りかぶる。
だが、いかに虚勢を張ったところで胸の疼きはとまらない。
アラケスのフェロモンが彼女を虜にしてしまったらしい。
「あ・・熱い・・体が・・・。」
その場にくずおれるカタリナ。今ほど女に生まれた不幸を嘆くことはない。
「か・・カタリナさぁん・・。」
切なげに助けを求められてもどうすることもできない。
今まさにカタリナは、アラケスの虜なのだから。
「エレン、心配しなくていいの。そのうちだんだん気持ちよくなってくるから・・。」
ウンディーネはこころなしか嬉しそうだ。
「そ・・そういう問題じゃないでしょう!!」
かろうじて立っているカタリナに、ウンディーネが妖艶に囁く。
「あなたも・・ほしいんでしょ・・?」
火照るカタリナを抱いた彼女の腕が次第に奥へ奥へと・・。
「あちしもー!!」
タチアナはやっぱりよく分かっていないらしい。
「いいわよ・・。ハンサムさん・・。」
すでに悶絶したエレンを椅子に座らせアラケスは悠々とウンディーネの前に、その
魔槍を現した。世界に二つとないほどの禍々しい美しさを放つそれは、最早ノンストップ
モードに突入していた。
「私には・・ミカエル様が・・」
いいかけて、やめた。
いや、やめさせられた、と言った方が正しい。
「はっ・・おあっっ・・。」
夢見がちな24女にアラケスは毒だったらしい。全身が沸騰したように熱い。
「お・・お姉ちゃん・・きれい・・・。」

きらきら光る汗に見ほれたのかタチアナはうっとりとカタリナを見つめている。
「女の子はね、気持ちいいことをするとキレイになるの。あなたもキレイになりたい?」
「うん!」
「じゃあね・・・。」



血と、汗と、涙を流せ!!


饗宴は世界が果てるまで続いた。
ちなみに、ウンディーネだけは、汗しか流さなかったという・・・。


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